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朝の生卵レースなどなど・つづき編
卵、鶏舎....仏壇の住民たち....そして子どもら。深い繋がりがあるんです。
では、上の文章からのつづきです。
とにかく、朝早くから子どもらだけで鶏舎へ出かけていくだけでも不思議に見えた素子さん。
子どもら全員が持ち帰った卵を一個手にして....母屋の中を横断して奥の仏間へ走ります。
そして大声での話し声...続いて、彩子の簡単な読経でチーン....
それから居間へ現れる子どもらの手には....美味しそうなものが。って、お供物。
生卵は?
仏壇の前に。
ここが不思議だったそうです。
彩子が生まれて...さきの父親とさきの育ての親のような敏子さんが一緒(結婚)になってこの地へやって来た。
亡くなったじいちゃんがの病気が極端に悪化して....完全な末期症状。
そして、その当時を語った敏子さんのブログが
「母ちゃんの原っぱ」
まるで、そのまま映画のタイトルになりそうだった.....。
語られる文章も....まるで物語。
歩き始めた彩子....亡くなったじいちゃんが大工仕事をする足元で遊ぶ。
出てくる木屑を積み木にして....
名実共にさきの母親になった敏ちゃん(敏子さん)....亡くなったじいちゃんやおっきいばあちゃんと気が合う。
おっきいばあちゃんは、当時、周囲に....「娘が帰って来た」なんて話すし。
亡くなったことはみんな知ってるよ。
葬儀をしてくれたし....その時は、私は....別な町でさきが言う保健室の女をやってました。
そのさきが高一の時でした。
敏ちゃん、牛飼いのところに来たものの....大きな牛が苦手。
その当時、倒れそうな作業小屋にくっついて小さな鶏小屋がありました。
鶏なら、敏ちゃんが生まれ育った農家で世話していたから得意。
と、ばかりに、せっせと鶏の世話を始めました。
とにかく、鶏小屋は臭い。
敏ちゃんが来る前は、私が卵を集めました。
ざるに数個....(笑)
息を止めて小屋に入り....卵を集めると飛び出してきます。
大変だったぁ~。
敏ちゃん、そんな鶏小屋を今の鶏舎あたりにみなさんの手助けで古材を使って新築。(これも小さかったけど、そこそこに広い)
彩子がそんな敏ちゃんの後ろを付いて歩いて手伝いました。
プラスチックのおもちゃのヘルメットをかぶり、目にはスキーのゴーグルをして、背中にはプラスチックの刀を背負い。
鶏たちと喧嘩ごっこ.....敏ちゃんが「やめなさぁ~い」と怒鳴ると、鶏も彩子もおとなしくなる。
それを真似た彩子が....その後、喧嘩ごっこをしてやめるときに「やめぇ~」と叫ぶと鶏はたちはおとなしくなる....と、いう珍事が見られるようになりました。
せっせと鶏の世話をする敏ちゃんと彩子....鶏の数も増えてきました。
なにせ、小屋の中は放し飼い....卵は受精卵。
手狭になってきたとき....事件が発生しました。
キツネの進入で大被害。
泣き叫び復讐を誓う彩子なら....敏ちゃん、夫のさきの父と相談し、キツネが進入しない小屋を建設。
それが、今の鶏舎。
床から立ち上がりまで完全なコンクリートで厚い。
そして鉄骨作りで体育館のようにでかい。
屋根が高くて換気扇が超大きいと....臭いがこもらないから、あの鶏舎の独特の臭いにおいがなくなった。
でも、広くなったと言うことは....卵集めが卵探しに変わった。(笑)
彩子も敏ちゃんも簡単に見つけるけどね。
その後、則子が鶏舎デビュー。
続いて、一恵も鶏舎デビュー。
今のようになったわけ。
ただ、則子が一歳にならないとき....敏ちゃん、則子をあやしていて、そのまま息を引き取った。
彩子、一人で鶏舎を仕切る。
おばちゃん(敏子さん)と約束した.....鶏たち、頼むね。
そんなこんながあって....生卵を仏壇に持っていくのは、今日、こんな卵だったよ....と報告もあるわけ。
敏ちゃん、本当に彩子を可愛がってくれた。
ここまで話して素子さんの顔を見たら.....涙を落としていた。
★★★
